How this began.
琴音ポートフォリオ・セッションが整ってきた経緯
長年、Webマーケッターとして事業者と関わり、NLPマスタープラクティショナーとして対話の中で人の言葉が整っていく場面に立ち会ってきました。その中で、長年の経験を持つ事業者の中に、「あなただから相談したかった」と感謝されながら、その「なぜ」を自分の言葉で表現する時に、借り物のような違和感を抱える方が一定数いることに気づいてきました。専門性は確かにあるのに、それを語る言葉が、自分の中にあったものと少しずれている。この静かなずれが、私の中に問いを残してきました。
借り物の言葉の違和感を、ブランディングの手法、強みの整理、フレームワークで解消しようとしても、対象者の中で「これは自分の言葉だ」という手応えが残らない場面を、繰り返し見てきました。借り物の枠組みで言葉を整えようとすると、しっくりこない感覚が再び生まれる。これは、対象者の言語化能力の問題ではなく、外から借りた枠組みを当てはめている構造そのものから生まれている。この構造的な見立てが、関わりの中で少しずつ整理されていきました。
劇的な気づきの瞬間というより、長年の関わりと、3歳から続けてきた自己観察の蓄積の中で、構造が少しずつ整理されてきました。外から枠組みを当てはめるのではなく、整理されていない状態のまま参加できる対話の場で、対象者自身が、自分のペースで言葉に整えていく必要がある。提供者が答えを渡すのではなく、対象者が自分で受け取り直せる場の設計が、違いを生む。6つの視点による対話、関わり方の境界線を最初に合意する仕組み、「答えを持たず参加できる」設計は、この整理の中で形になってきました。
「使命」と呼ぶには温度が高すぎる気がしています。長年の経験を持つ事業者が、自分の中にあったものを、借り物ではない自分の言葉で受け取り直せる場が、少しずつ整っていく。そこに自分が関わる構造を持っていることが、自分にとっても整う関わり方として続いている。劇的な変化を約束する場ではなく、自分の手で運べる範囲で、続けていきたい関わり方の形として、琴音ポートフォリオ・セッションを設計しました。